クリニック・歯科医院の賃上げ、どう進める?ベースアップ評価料と賃上げ促進税制の活用法【令和8年度改定対応】
「ベースアップ評価料」と「賃上げ促進税制」を組み合わせて職員の賃上げを実現する方法
渋谷区代々木の税理士、畑間です。
クリニック・歯科医院で働く看護師・事務職員などの賃上げをどう実現するか、多くの開業医・事務長が頭を悩ませているテーマです。令和8年度の診療報酬改定では「ベースアップ評価料」の対象が拡大され、点数も段階的に引き上げられました。一方で、税制面には「賃上げ促進税制」という別の制度もあります。この2つを同じ「賃上げ支援策」として一括りにしてしまうと、実務のどこかでズレが生じやすくなります。今回は、ベースアップ評価料の仕組みを初めての方にもわかるように整理したうえで、賃上げ促進税制との関係、導入時の注意点、そして導入が向かないケースまで、順を追って解説します。

そもそも「ベースアップ評価料」と「賃上げ促進税制」は別の制度
最初に押さえておきたいのは、この2つが目的も仕組みも異なる、まったく別の制度だという点です。
- ベースアップ評価料:診療報酬(医療機関の収入)の一部として、職員の賃上げに充てる原資を確保するための評価。医科・歯科の診療報酬点数として、初診料・再診料等に上乗せされる形で算定します
- 賃上げ促進税制:給与等の支給額を一定以上増加させた事業者について、その増加額の一部を法人税(個人事業主の場合は所得税)から差し引ける税額控除の制度です
ベースアップ評価料は「収入を増やして賃上げの原資をつくる」制度であるのに対し、賃上げ促進税制は「増やした給与の分だけ税負担を軽くする」制度です。どちらも「賃上げ」という言葉が付きますが、片方は収入面、もう片方は税負担面というまったく別のレイヤーで機能します。この違いを曖昧にしたまま「両方合わせれば相当な支援になるはずだ」とざっくり捉えてしまうと、対象職員の範囲や、賃上げとして認められる給与の中身が制度ごとに違うことを見落とし、届出内容と実際の給与設計、税務上の計算がそれぞれズレてしまう、という実務上のトラブルにつながりやすくなります。
ベースアップ評価料とは?初めての方にもわかる仕組み
まずはベースアップ評価料そのものについて、基本から確認しましょう。
対象となる医療機関・職種
ベースアップ評価料は、外来・在宅を担う診療所、入院機能を持つ病院・有床診療所、訪問看護ステーション、歯科医療機関が対象です。対象職種は令和8年度の改定でさらに広がり、看護師・薬剤師・理学療法士などのコメディカル職、事務職員、40歳未満の医師・歯科医師、薬局薬剤師までを含む形に拡大されました。従来は「医師・歯科医師を除く、主として医療に従事する職員」に限定されていましたが、改定後は「保険医療機関に勤務する職員」という、より広い括りに変わっています。一方で、院長などの経営者本人、法人の役員、業務委託契約で働く人は対象外です。この線引きを誤ると、賃金改善の計画や報告の集計そのものがずれてしまうため、まずは自院のどの職員が対象になるのかを、職種・雇用形態ごとに一度整理しておくことをおすすめします。
令和8年度改定でどう変わった?点数の引き上げと対象拡大
令和8年度診療報酬改定では、ベースアップ評価料の点数が2段階で引き上げられます。
| 区分 | 令和8年6月~令和9年5月 | 令和9年6月以降 |
|---|---|---|
| 外来:初診時 | 17点(新規)/23点(継続) | 34点 |
| 外来:再診時等 | 4点(新規)/6点(継続) | 8点 |
| 入院ベースアップ評価料 | 最大165点 | 最大500点程度まで引き上げ |
外来の初診時では、令和8年6月から令和9年5月まで新規に賃上げに取り組む医療機関で17点、すでに賃上げを継続している医療機関ではさらに高い23点が算定できます。令和9年6月以降はこれがさらに引き上げられる予定です。入院ベースアップ評価料についても、従来の最大165点から、最終的に500点程度まで引き上げられる見込みで、点数としてはおよそ3倍という大きな改定になっています。あわせて、令和6・7年度に賃上げを実施していなかった医療機関については、入院基本料が最大で1日あたり121点減算されるという仕組みも導入されており、賃上げへの取り組み状況によって評価に差がつく設計になっている点も押さえておく必要があります。
賃上げとして認められる範囲
ベースアップ評価料を使った賃上げとして認められるのは、基本給や毎月支給する固定手当の引き上げ、およびそれに伴う賞与・時間外手当・法定福利費(社会保険料の事業主負担分)の増加分です。重要なのは「継続的な賃金改善」であることが前提とされている点で、単発の寸志やその場限りの一時金だけでは、継続的な賃上げとして説明することが難しくなります。定期昇給や賞与のみで賃上げの実態を作ろうとするケースも要件を満たさないおそれがあるため、月額の固定給や固定手当として組み込む設計にしておくことが基本になります。
届出・報告の流れ
ベースアップ評価料を算定するには、厚生労働省が公開している届出様式(様式95〜100)を作成し、管轄の地方厚生局へ、算定を開始したい月の前月までに提出する必要があります。令和8年度改定では、従来必要だった「賃金改善計画書」の提出が不要になり、手続きはやや簡素化されました。ただし、算定を始めた後も、毎年8月に「賃金改善中間報告書」を、翌年8月に「賃金改善実績報告書」を提出する義務があるため、算定して終わりではなく、継続的な事務対応が必要になる点は変わりません。

賃上げ促進税制とは?ベースアップ評価料との関係を整理する
次に、税制側の「賃上げ促進税制」を見ていきます。これは、前年度と比べて給与等の支給額を一定割合以上増加させた事業者が、その増加額の一部を法人税・所得税から控除できる制度です。ベースアップ評価料が診療報酬という「収入」の話であるのに対し、賃上げ促進税制はあくまで「税負担をどれだけ軽くできるか」という話である点を、まず区別して理解しておく必要があります。
中小企業向けの適用要件と控除率
多くの個人開業医・中小規模の医療法人が該当する「中小企業向け」の賃上げ促進税制は、資本金1億円以下の法人、または常時使用する従業員数1,000人以下の個人事業主が対象です(青色申告をしていることが前提となります)。適用期間は法人が2024年4月1日から2027年3月31日まで、個人事業主が2025年から2027年までの間に開始する事業年度・年分です。控除率は次の通り段階的に設計されています。
| 要件 | 給与増加率等 | 控除率 |
|---|---|---|
| 基本要件 | 前年度比1.5%以上増加 | 15% |
| 上乗せ要件① | 前年度比2.5%以上増加 | +15%(合計30%) |
| 上乗せ要件② | くるみん・えるぼし等の認定取得 | +5%(合計35%) |
給与等の支給総額を前年度比1.5%以上増やせば基本要件として15%、2.5%以上増やせば上乗せ要件により合計30%、さらにくるみん認定・えるぼし認定など女性活躍推進や子育て支援に関する一定の認定を取得していれば、合計で最大35%まで税額控除を受けられる仕組みです。控除額には上限があり、その事業年度の法人税額(個人事業主の場合は所得税額)の20%までとされていますが、控除しきれなかった金額は5年間繰り越すことができます。ただし繰越を適用する年度も、給与等支給額が前年度を上回っていることが条件になるため、賃上げを一度きりで終わらせず、継続していく前提で設計しておくことが重要です。なお、令和8年度税制改正により、大企業向けの賃上げ促進税制は令和8年3月末までに開始する事業年度をもって廃止される一方、中小企業向けは制度として存続します。ただし令和9年3月末開始事業年度からは、教育訓練費の増加による上乗せ措置が見直される予定であるなど、控除率の構成が変わる見込みですので、今後の制度改正の動向はあわせて確認しておく必要があります。
併用の順番:まず診療報酬、そのうえで税制
実務上は、まずベースアップ評価料でどれだけの原資を診療報酬から確保できるかを見積もり、そのうえで賃上げ促進税制によってどこまで税負担を抑えられるかを試算する、という順番で考えるのが基本です。税額控除は有効な制度ですが、開業して間もないクリニックは赤字や少額の利益にとどまることが多く、税額控除は「先に現金が手元に入ってくる制度ではない」という点に注意が必要です。給与を支払った後に、決算・申告のタイミングで初めて税負担が軽減されるという時間差があることを踏まえて、資金繰りの計画を立てる必要があります。
導入する際の注意点
ベースアップ評価料と賃上げ促進税制を実際に導入する際、現場でつまずきやすいポイントを整理します。
評価料収入をそのまま手取り増加に回せるとは限らない
ベースアップ評価料として得られた診療報酬収入を、そのまま全額職員の手取り増加分に充てられると考えてしまうケースが少なくありません。しかし、給与を引き上げれば、それに伴って社会保険料の事業主負担分も増加します。評価料収入から社会保険料の増加分を差し引いた残りが、実際に賃上げに回せる金額になるため、収入と手取り増加額を同じ金額だと考えてしまうと、後になって資金が足りなくなるおそれがあります。
対象職員の見極めを誤ると届出と税務計算がずれる
ベースアップ評価料の対象職員(経営者・法人役員・業務委託者は対象外)と、賃上げ促進税制の計算上カウントする給与の範囲は、それぞれ別の基準で決まっています。この2つを混同したまま集計してしまうと、地方厚生局への届出内容と、税務上の給与等支給額の計算にズレが生じ、後から修正が必要になることがあります。院内の給与体系を整理する際は、どの制度のどの基準で誰を対象にしているのかを、あらかじめ一覧化しておくと安心です。
一時金だけの対応では継続的な賃上げと説明しにくい
人手不足への緊急対応として、賞与や寸志で一時的に処遇を改善するクリニックもありますが、ベースアップ評価料が求めているのはあくまで基本給や固定手当を通じた継続的な賃金改善です。一時金のみで賃上げの実態を作ろうとすると、翌年度の報告時に継続性を説明できず、算定要件を満たしていないと判断されるリスクがあります。
届出・報告のタイミングを逃すと算定できない
ベースアップ評価料の届出は算定を開始したい月の前月までに提出する必要があり、算定開始後も毎年8月に中間報告、翌年8月に実績報告を行う義務があります。給与改定のスケジュールと届出・報告の締切がずれてしまうと、本来算定できたはずの期間分を取りこぼしてしまうことになりかねません。給与改定を検討し始めた段階で、あわせて届出スケジュールも確認しておくことをおすすめします。
導入が向かないケース
ベースアップ評価料・賃上げ促進税制のいずれも有力な制度ですが、すべてのクリニックに一律で最適とは限りません。次のようなケースでは、導入の仕方を工夫するか、優先順位を見直したほうがよい場合があります。
- 開業初年度で利益がほとんど見込めないクリニック:賃上げ促進税制は法人税・所得税からの控除のため、利益や税額が少ない段階ではメリットを実感しにくくなります。ただしベースアップ評価料自体は届出をすれば診療報酬として算定できるため、税制とは切り離して先に検討する価値があります
- 職員数が少なく評価料収入が少額にとどまるケース:届出書類の作成や毎年の中間・実績報告には一定の事務負担がかかるため、極めて小規模な医療機関では、得られる収入に対して事務コストが見合わない場合があります
- 非常勤・パート中心で給与体系が複雑なケース:勤務時間や時給がまちまちな非常勤職員が中心の場合、継続的な賃上げの実態を集計・説明することが難しくなりがちです。給与計算ソフトや勤怠管理の仕組みが整っているかを事前に確認しておく必要があります
- すでに独自の水準で十分な賃上げを実施しているケース:この場合、無理にベースアップ評価料の枠組みに合わせようとするより、賃上げ促進税制による税負担の軽減効果だけを個別に検討したほうがシンプルなことがあります
まとめ:まず原資、そのうえで税制という順番で考える
- ベースアップ評価料は診療報酬による賃上げ原資の確保、賃上げ促進税制は税額控除による負担軽減という、目的の異なる別々の制度
- 令和8年度診療報酬改定でベースアップ評価料は対象職員が拡大され、点数も2段階で大きく引き上げられる
- 賃上げ促進税制は中小企業向けであれば給与増加率に応じて最大35%の税額控除が受けられるが、令和9年3月末開始事業年度から控除率の構成が変わる見込み
- 社会保険料の増加分、対象職員の線引き、一時金だけでは足りない点、届出・報告のタイミングなど、導入時に見落としやすい注意点がいくつもある
- 開業初年度で利益が少ない、職員数が少ない、非常勤中心といったケースでは、導入の仕方や優先順位を工夫する必要がある
ベースアップ評価料と賃上げ促進税制をどう組み合わせるのが自院にとって最適かは、職員構成や収支状況によって大きく変わります。具体的な試算や届出の進め方については、給与改定を実行に移す前に、一度専門家にご相談いただくことをおすすめします。
執筆者紹介

代表税理士 畑間 彬宏
畑間税理士事務所 代表
大手税理士法人で10年間、上場・外資系企業の税務マネージャーとして従事。現在は渋谷・新宿を拠点に、スタートアップやフリーランスの「挑戦」を支援。「事業の成功をデザインする」を掲げ、会社設立から創業融資、クラウド会計導入まで、代表本人が直接伴走するスタイルを貫く。





