①役員報酬の見直し(医療法人の場合)
医療法人化している場合、理事長やその家族を役員にして役員報酬を支払うことで、法人の利益と個人の所得とに分散させ、所得税・法人税それぞれの累進構造・税率差を活用できます。ただし役員報酬は、事業年度開始から3か月以内に決定し、原則として1年間は金額を変えない「定期同額給与」というルールに従う必要があり、同業種・同規模の法人と比べて明らかに高すぎる金額は「過大役員報酬」として否認される可能性があります。まだ医療法人化していない個人開業医の場合は、この手法はそのままでは使えないため、青色事業専従者給与(家族従業員への給与の必要経費算入)など個人事業主向けの制度で代替を検討することになります。
②賃上げ促進税制の活用
前年度と比べて職員の給与等支給額を一定割合以上増加させた場合、その増加額の一部を法人税・所得税から控除できる制度です。中小企業向けの場合、給与支給総額を前年度比1.5%以上増やせば15%、2.5%以上増やせば合計30%、くるみん認定など一定の認定を取得していれば合計35%まで控除率が上がります。控除額の上限は法人税額(個人事業主は所得税額)の20%までですが、控除しきれなかった分は5年間繰り越せます。ただし税額控除である以上、赤字や利益が少ない年度は恩恵を受けにくい点には注意が必要です。
③設備投資による特別償却・税額控除
医療機器や電子カルテなど、取得価額30万円未満の減価償却資産は、青色申告をしている中小企業者・個人事業主であれば、年間300万円まで取得年度に全額を必要経費・損金にできる「少額減価償却資産の特例」があります。また、取得価額が500万円以上の高額な医療用機器については、厚生労働大臣が定める一定の機器を対象に、取得価額の12%を通常の減価償却に加えて特別償却できる制度もあります。さらに、経営力向上計画の認定を受けるなど一定の要件を満たせば、中小企業経営強化税制により即時償却や税額控除を選択できる場合もあります。いずれも適用要件が細かく決まっているため、機器を購入する前に、どの制度が使えるかを確認しておくことをおすすめします。
④小規模企業共済・経営セーフティ共済・iDeCoの活用
小規模企業共済は、個人事業主や医療法人の役員本人が加入でき、掛金の全額が所得控除の対象になる、退職金代わりの積立制度です。経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済)は、法人・個人事業主ともに加入でき、月額最大20万円(年240万円、累計800万円まで)を掛金として損金・必要経費に算入できます。ただし令和6年10月の制度改正により、共済契約を解約してから2年以内に再加入した場合、その期間中に納付した掛金は損金算入できなくなりました。以前は解約手当金が全額戻る3〜4年目に解約し、すぐに再加入するという運用が広く行われていましたが、この改正でその手法は使えなくなっています。iDeCo(個人型確定拠出年金)も掛金が全額所得控除の対象になり、老後資金の形成と節税を同時に進められる制度です。
⑤生命保険の活用
生命保険は、万一の際の保障を確保しながら、将来の役員退職金の原資を計画的に準備できる手段として活用されてきました。ただし、令和元年(2019年)の国税庁通達改正により、解約返戻率の高い定期保険等については保険料の損金算入割合が厳格に制限され、いわゆる「全額損金」タイプの節税保険はほぼ姿を消しています。さらに、契約者を法人から個人に名義変更したうえで低い解約返戻金相当額で買い取り、その後の満期金・死亡保険金を個人の所得として受け取る「名義変更プラン」という手法も一時期広まりましたが、令和3年(2021年)の所得税基本通達改正により、名義変更時の評価額が実質的な解約返戻金相当額を基準に見直され、大きな節税効果は封じられました。現在保険を活用する場合は、税負担の軽減そのものよりも、保障の確保と退職金原資の計画的な準備という本来の目的を主軸に検討するのが実務的です。
⑥設備・資産の購入
決算前に必要な医療機器や備品、診療所用の車両などを購入することで、その年度の損金・必要経費を増やす方法です。前述の少額減価償却資産の特例や特別償却の制度とあわせて活用できます。ただし、本当に業務に必要なものかどうかが前提であり、単に利益を圧縮する目的だけで不要な資産を購入すると、税務調査で私的な支出や過大な経費として指摘されるおそれがあります。
⑦医療法人化による節税
個人開業医の所得税は超過累進課税で、住民税を含めると最高税率はおよそ55%に達します。一方、医療法人の場合、資本金・出資金1億円以下であれば所得800万円以下の部分は15%、800万円超の部分でも23.2%が基本税率となり、法人事業税等を含めた実効税率もおよそ30%程度に収まります。この税率差から、個人の所得が一定水準を超えると、医療法人化によって税負担を抑えられる可能性が高まります。目安として、①年間所得がおよそ1,800万円を超えるあたりから税率の逆転が起きやすいこと、②社会保険診療報酬が5,000万円、または自由診療を含めた診療報酬全体が7,000万円を超え、いわゆる概算経費の特例(措置法26条)が使えなくなるタイミング、③開業からおよそ7年が経過し、開業時に購入した医療機器の減価償却が一巡して節税余地が小さくなるタイミング、の3つが、医療法人化を検討する代表的な合図として挙げられます。あわせて、分院展開など事業拡大を見据えている場合や、将来の事業承継・相続対策を考え始めた場合も、医療法人化を検討するきっかけになります。
⑧役員退職金の準備
医療法人化していれば、理事長など役員への退職金を法人の損金にすることができます。退職金は、給与所得と比べて税制上大きく優遇されており、退職所得控除を差し引いた金額のさらに2分の1だけが課税対象になる(勤続年数や退職の形態によっては2分の1課税が適用されないケースもあります)ため、計画的に準備すれば節税効果と老後資金の確保を同時に実現できます。功績倍率法など、適正な退職金額の算定方法や、準備のための資金づくりとして小規模企業共済・経営セーフティ共済・生命保険を組み合わせる考え方については、当事務所の役員退職金に関する別記事でも詳しく解説していますので、あわせてご確認いただくのがおすすめです。
⑨MS法人の活用
MS法人(メディカルサービス法人)とは、医療法人とは別に設立する、医療事務・清掃・給食・医療機器のリース・不動産の賃貸といった業務を担う会社です。医療法人本体から見ると、これらの業務委託費を通じて利益の一部をMS法人側に移転でき、法人を分けることによる所得分散の効果が期待できます。また、医療法人の保険診療収入は消費税が非課税とされているため、医療法人自体は建物や設備の取得にかかった消費税を控除・還付できないケースが多くなります。これに対し、MS法人側で不動産賃貸や機器リースなど課税売上となる事業を行い、一定の要件のもとで課税事業者としての手続きを行うことで、設備投資等にかかった消費税の還付を受けられる場合がある、という活用方法も紹介されることがあります。ただし、MS法人の活用は国税当局が重点的に確認している分野の一つです。管理委託料が同業他社の相場と比べて過大でないか、契約書や実際の業務実態(人員配置、業務の記録、意思決定の過程など)が伴っているかが厳しく見られ、実態の伴わない取引と判断されれば、支払った委託料が損金・必要経費として認められず、多額の追徴課税につながります。MS法人の設立・活用を検討する際は、必ず税理士・行政書士など専門家を交えて、医療法・税法の両面から適法性を確認しながら進めることを強くおすすめします。
節税対策のリスク:税務調査で否認されやすいポイント
ここまで紹介した対策には、いずれも「やりすぎる」ことで税務調査のリスクを高めてしまうポイントがあります。代表的なものを整理します。
役員報酬・役員退職金の「過大」判定
役員報酬・役員退職金は、職務内容や同業種・同規模の法人の水準と比べて明らかに高すぎると判断されると、その超過部分が「過大役員給与」「過大役員退職金」として損金不算入とされ、追徴課税の対象になります。金額を決める際は、業務内容・貢献度・同業他社の水準などを踏まえた、説明できる根拠を残しておくことが重要です。
MS法人取引の実態不備
MS法人への業務委託料が同業他社と比べて過大である、契約書が存在しない、実際には業務を行っていない、といった実態の伴わない取引は、税務調査で高い確率で問題視されます。否認された場合、支払った委託料が損金として認められないだけでなく、悪質と判断されれば重加算税の対象になることもあります。
共済・保険の目的外利用とみなされるケース
経営セーフティ共済を解約・再加入だけを目的に短期間で繰り返す運用は、令和6年10月の改正により解約後2年間の損金算入が制限され、事実上封じられました。また、生命保険の名義変更プランのように、制度の想定を超えた節税効果を狙う手法についても、通達改正によって過去の効果が縮小・封鎖される例が相次いでいます。「今使えている抜け道」が将来も使えるとは限らないという前提で、対策を検討する必要があります。
節税対策を始める前にすべきこと
節税対策は、思いついたときにその場で実行できるものばかりではありません。まずは決算日から逆算したスケジュールを組み、設備投資や共済加入など決算までに実行が必要な項目を洗い出すことが基本です。そのうえで、措置法26条(社会保険診療報酬の所得税の特例)や医療法人特有の会計基準など、クリニック・医療法人特有の論点に詳しい税理士に、早めに相談することをおすすめします。節税だけを目的にすると、手元資金がかえって窮屈になったり、必要以上にリスクの高い手法に手を出してしまったりすることもあるため、資金繰りや老後の生活設計とのバランスを見ながら、無理のない範囲で組み立てていくことが大切です。
まとめ:適正な節税と資金計画を両立させる
- 節税と脱税はまったく別のもの。制度として認められている範囲内で、実態を伴った形で行うことが大原則
- 役員報酬の見直し・賃上げ促進税制・設備投資・共済/iDeCo・生命保険・資産購入・医療法人化・役員退職金・MS法人の活用など、開業医・医療法人が使える節税手法は多岐にわたる
- 経営セーフティ共済の令和6年10月改正、生命保険の名義変更プラン規制など、かつて有効だった手法が通達・法改正で封じられる例も多い
- 役員報酬・役員退職金の過大判定、MS法人取引の実態不備は、税務調査で特に否認されやすいポイント
- 節税対策は決算日から逆算したスケジュール管理が必要。早めに専門家へ相談し、資金繰り・老後設計とのバランスを踏まえて検討することが重要
どの対策が自院にとって有効か、どこまでなら安全に実行できるかは、収支状況や医療法人化の有無によって大きく変わります。具体的な節税プランについては、実行に移す前に一度専門家にご相談いただくことをおすすめします。
執筆者紹介
代表税理士 畑間 彬宏
畑間税理士事務所 代表
大手税理士法人で10年間、上場・外資系企業の税務マネージャーとして従事。現在は渋谷・新宿を拠点に、スタートアップやフリーランスの「挑戦」を支援。「事業の成功をデザインする」を掲げ、会社設立から創業融資、クラウド会計導入まで、代表本人が直接伴走するスタイルを貫く。
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